麹しごと

日本から友達が乾燥麹を持って来てくれたおかげで、切らしていた塩麹を作り、また麹生活が復活。

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家族も大好物になったので、キュウリやパプリカなどの野菜の塩麹漬けは、すっかり我が家の定番となり、なくなるとまたすぐ作っていつも冷蔵庫に入っている状態。夏は市場などで日本と同じような白いカブも出回るので、薄く切って漬けてみたら、それも美味しかった!
フィンランドでKuhaとよばれているスズキに似た淡白な白身魚も、一晩塩麹に漬けてオーブンで焼くだけで旨味が出て、他の調味料はいっさい必要ない程、思わず日本酒が飲みたくなる美味しさ。

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何種類ものキノコを塩麹とニンニクのみじん切り、オリーブオイルに漬けた塩麹キノコもすごく美味しくて、パスタに入れたりと大活躍でした。
塩麹に漬けただけで、シンプルなのにほんのりとした自然の旨味が増します。
日本でのこのところのブームにも納得。手持ちのヨーグルトメーカーで短時間で作れるため、手間要らずなのも良いです。

前回日本から持ち帰った乾燥麹で、初めて手作り味噌にも挑戦。
1月の終わりに仕込んだので、夏が来る前に天地返しをしようと思いつつ、なかなか時間がとれず気がつくともう7月も半ば。
味噌を入れたプラスチックのバケツを包んでいたビニール袋を開けただけで良い味噌の香りが漂い、恐る恐るフタを取ってみると、心配していた白カビなどは全く生えていませんでした。やっぱりフィンランドの空気は乾燥しているせいなのか、ほっと一安心。フチや下の方は所々濃い色になっていて、最初黒カビ?なのかよくわからず、ちょっとすくって捨ててしまったものの、味見したら大丈夫そうだったので、混ぜ込んでしまいました。
大豆の湯で加減が若干固めだったのか、フードプロセッサーにかけたものの、けっこう粒が残ってました。まぁこれも手作りならではの味ってことで。

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中身を全部丸めて味噌玉を作り、いったん全て外に出した後、容器をウォッカで消毒。フィンランドではウォッカが手に入りやすいので、消毒はいつもこれ。
たまりが上がった後のせいか、最初より味噌玉がかなり柔らかめ。
その後容器に味噌玉を投げつけるようにして空気を抜きながら入れ、表面を平にならしラップをして、重しの塩の入った袋をのせフタを閉めて元に戻しました。
たまりも少なめで結構しょっぱい感じがしたので、発酵があまり進んでいないのかも?
引き続き寝室に置いて常温で様子見。夏を過ぎたらもう少しまろやかになるのだろうか…?
10月以降が食べごろだそう。どんな出来になるか楽しみでもあり、怖くもあり(笑)。


2013.07.16 | Comments(4) | 日本を想う/福島を想う

吾妻小富士の雪うさぎ

フィンランドで暮らすようになってから、
東京に住んでいた時より、福島で育った子供の頃を思い出すようになりました。

実家の2階の、自分の部屋の窓からいつも見えていた吾妻山。
毎年春が近づくと、山肌に溶け残った雪が、うさぎの形に見えるのです。

今年も雪うさぎは、もうすぐ見えるのだろうか…?

あの日から2年が経ちました。
もう2年、まだ2年。

故郷で起こったことを、忘れることなど出来ない。


Täällä Pohjantähden Alla


Täällä pohjantähden alla on nyt kotomaamme
Mutta tähden tuolla puolen toisen kodon saamme

Täällä on kuin kukkasella aina lyhyt meillä
Siellä ilo loppumaton niin kuin enkeleillä

Täällä sydän huokailee ja itku silmän täyttää
Siellä sydän iloitsen ja silmä riemun nayttää

Sinne toivonsiivillä sydän pieni lennä
Siellä kun on kotomaani sinne tahdon mennä

ここ北極星のもとに 今私達の故郷はある

しかしあの星の向こう側には もう一つの故郷が待っている



ここでは私達の命はいつも 花のように短い

そこではまるで天使のように 喜びが尽きることはない



ここでは心は嘆息し 目は涙で充ちている

そこでは心は幸福で 目は喜びに輝いて見える



私の小さな心よ 希望の翼でそこへ飛んでおくれ

その地に故郷があるとしたら 私はそこへ行くことを心から望む




2013.03.11 | 日本を想う/福島を想う

麹のちから

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
まったくお正月という雰囲気のかけらもないフィンランドの1月。
この時期はより日本が恋しくなります。

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クリスマスから家族が次から次へと体調不良に悩まされている我が家…。これは体の内側から免疫力を高めないとイカン!と思い立ち、日本から持ち帰ってほったらかしだった麹でやっといろいろ作り始めました。
手始めは甘酒。調べたら手持ちのヨーグルトメーカーで簡単にできるということがわかり、さっそく作ってみました。いやほんとに簡単、ただ材料を入れて待つだけでした。どうしてもっと早くやらなかったんだろうという感じ。出来上がった甘酒の元(?)に牛乳やおろし生姜を入れて飲むと、体がホカホカ温かくなってきます。自然な甘さも優しい感じ。
風邪をひいたり、はたまたノロになったか!?という状態にもなった冬馬にも飲ませねばとあげたら、案の定味見もしないうちにイヤイヤと首をふられ飲んでくれません。最近は初めて出すものはほとんどすんなり食べてくれたことがなく、ほとんど拒否される。甘いんだよ〜牛乳みたいだよ〜と、騙し騙し一口二口飲ませたものの、「もういらない!」と言われて、ムカッ。8時間もかけて作ったんだぞ!(ヨーグルトメーカーがやってくれたんですけどね)とついつい腹が立つ。かわりに夫は美味しい美味しいとガブ飲み。それはそれで、フィンランドでは手に入らない貴重なものなんだから、もっと味わって飲め!とムカッときたり(苦笑)。
今度、冬馬にはおやつの時に「ハイ牛乳っ!」とシレっとして飲ませようかと策略を練ったり。
懲りずに残った麹で塩麹や味噌も仕込もうと思ってます。こういう発酵食品ってフィンランドにはあまりないような。ヨーグルトくらい?

甘酒をいれた器は、大好きなフジタチサトさんの作品。イヌイットと白クマ、投網漁をする漁師など、他にないようなユニークなモチーフが描かれています。なかなかお店では扱っていなくて、日本に住んでいた時も青山スパイラルマーケットの展覧会などでしか作品が見られなかったのだけど、お猪口もいくつか持っていて、先日夫に日本酒を熱燗にして飲みたいと言われて、徳利を持っていないことに気づき、ほしいなぁ…と思ったのでした。以前、ツクシや山菜が描かれたものがあって迷った末にあきらめたのだけど、あの時手に入れておけばよかったと後悔先に立たず。
フィンランドの食器は、基本的にオーブンにそのまま入れたり食洗機でジャブジャブ洗えて、落としても簡単には割れないくらいドシっと分厚く、それはそれで日常は扱いやすくて好きですが、和食器の形やモチーフ、色合いの美しさ、繊細な質感は日本独特の美意識を感じさせ、ますます惹かれる今日この頃です。


2013.01.09 | 日本を想う/福島を想う

奥会津にて

日本滞在中は新潟から奥会津へも足をのばして来ました。

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旧南郷村にある、以前から一度訪れてみたかったゲストハウス「ダーラナ」へ福島から妹の夫も合流して家族全員で宿泊しました。

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ゲストハウス「ダーラナ」は東京・六本木にある北欧料理レストラン「リラ・ダーラナ」のオーナーが、会津の伝統的な古民家である”曲屋(まがりや)”をスウェーデンのダーラナ地方の田舎屋風に改装して作り上げたもので、茅葺き屋根と漆喰の白い壁、大きな朱色のダーラヘストが佇む外観、和洋折衷の独特の風情が落ち着く宿でした。
部屋は洋室と和室とあり、私達家族と妹家族、父とで3室使わせてもらえました。

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約150年前に建てられたという家の天井には太くて頑丈そうな立派な梁が張り巡らされており、夜になると今も使われている囲炉裏に火が入り、冷え込む夜も家中暖かで、囲炉裏を囲んで宿泊客同士でおしゃべりしたり、ほっとする空間でした。
広い畳敷きの和室で子供達が父とわいわい遊んでいる姿を見ていると、子供のころ夏・冬休みになると農家だった祖父母の茅葺き屋根の古い田舎家で過ごしたことを思い出し、とても懐かしく感じました。

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食事は朝夜と付いていて、料理人であるオーナーが腕を振るう食事もとても美味しく、北欧風家庭料理が基本なので旦那さんも食べやすく感激していました。到着した夜は蔵の中の個室にテーブルが用意され、家族全員で食卓を囲んだのは何年ぶりだろうという感じで、思い出深いディナーとなりました。

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キッチンと洋窓が嵌め込まれた食堂には、スウェーデンやフィンランドのアンティーク陶器やガラス、絵皿が飾られていて、北欧と会津の田舎家の融合がとても印象深く素敵でした。

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2012.10.28 | 日本を想う/福島を想う

一時帰国〜新潟へ

約2年ぶりに一時帰国していました。震災後はじめての日本です。
今回は母子避難している妹と姪っ子、甥っ子が住む新潟へ成田から直行、福島から父も来て、久しぶりに家族全員そろうことが出来ました。

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新潟ではホテルを予約していたのですが、帰国直前に妹が知人の方から情報を得て、放射能防御プロジェクトのとある団体が福島からの保養や避難者の家族のために提供しているという一軒家をお借りすることが出来、家財道具も揃っていて自炊も出来るということで、まるで自分の家にいるかのように過ごすことが出来ました。冬馬も久しぶりに会う従兄弟と年も近いこともあり、広い家の中を思う存分走りまわり、玩具も沢山揃っていて、のびのびと皆で遊んで満足そうでした。
古い家は、今はもう帰れない福島の実家を思い起こさせ、どこか懐かしい気持ちになりました。家には佐渡産のお米なども用意してあり、好きなだけ食べてくださいとの心使いが胸にしみました。
新潟は福島からの避難者をとても多く受け入れている県であり、本来なら国がやらなければならない事を民間の方達に手を差しのべていただいていることは、妹も母子避難でお世話になっていることもあり、感謝の気持ちでいっぱいです。

今回の帰国では海の放射能汚染などの事も頭にあり魚はあきらめていたのですが、佐渡産の魚介類を専門に扱っているお寿司屋さんを見つけて、滞在中一度だけお寿司を食べることが出来ました。美味しいものが沢山の日本で、これから先ずっと何年も食材の放射能汚染に気をつけなければならない日々が続くのだ…と思うと、やりきれない気持ちになります。


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滞在先の家は海にも近く、早く起きた朝、父が海辺を散歩したり、歴史的な建物がまわりに多く古い洋館を使った素敵なカフェがあったりと散歩がてら見てまわるのも楽しく、家族全員のんびりとした滞在でした。
新潟の市街地は大きいですがゆったりとした雰囲気で海も近く、人も温かく、また機会があれば訪れてみたいなと思いました。


2012.10.27 | 日本を想う/福島を想う

森の力

木々に新芽が吹き出し、ヘルシンキもだいぶ春めいてきたこの頃です。
穏やかな春の光の中、やはり思ってしまうのは故郷福島のこと、そして大飯原発が再稼動させられるかもしれないということ。
全国に拡散されようとしている被災地瓦礫のことも考えさせられます。

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そんな中、先日カヒミ・カリィさんのブログで、とても興味深い記事を読みました。
「森の防潮堤 〜いのちを守る300キロの森づくり〜」

植物生態学者の宮脇昭先生が震災瓦礫を有効活用した「いのちを守る森の防波堤」というプロジェクトをはじめているとのこと。土地本来の樹木はとても強く、激しい風雨や津波にさえも耐えうる。人工的でその土地に本来は合わない樹木を植えた森は、自然災害に耐えることが出来ないのだそうです。

人間の都合で森や山や川を作り替え、原発事故で全て汚してしまった後も、経済のためには人を犠牲にしてもかまわない…、そんな考えはやはりどこか病んでいると思わないではいられません。
自然の力に人間は到底抗うことなどできない。自然に守られて人は生きている。
その自然を自らの手で破壊し続けるならば、やがて自滅の道を辿ることになるのではないか…。

自然に感謝し敬う気持ちは、人が人を敬うということにも通じるのだと思います。


「いのちを守る森の防潮堤推進東北協議会」
このプロジェクトの主旨に賛同される方は、ぜひご協力をお願いします。


2012.04.26 | 日本を想う/福島を想う

オーロラの下で

震災から1年の3月11日は旦那さんの実家のあるラップランドで迎えました。

冬のラップランドには今まで数えきれないくらい来ていますが、今回はじめてオーロラを見ました。
冷たい極北の夜空に、音もなく静かに浮かんでは消えるオーロラを見ながら、いろいろな思いを巡らしました。

この1年、故郷である福島、東北を襲った地震・津波による震災の影響、その後の原発事故による放射能汚染について考えない日は1日もありませんでした。
それでも私は日本から約7800kmも離れたフィンランドにいて、福島から避難した人、残った人を案ずることしかできなかった。

早くに故郷を離れ、東京、その果てにフィンランドにまで来てしまった自分の中では、故郷はいつも変わらずにずっとそこにあるものだと思っていました。
だけど、それは違いました。何気ない普通の日常と非現実な極限の状態は常に隣合わせにあり、いつ両者が入れかわってもおかしくないのだという事を3.11の震災、原発事故は私達に突きつけたのだと思います。


原発事故以来、子供達を連れて避難していた妹は、1年が経った今もこれからも福島へは戻るべきではないという判断をくだし、私達姉妹が生まれ育ち母が遺してくれた家も処分する決断に至りました。
ああ、これでもう本当に福島へは帰れないのだな…と思うと、悲しいというより言いようのない諸行無常の感覚~この世の現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動 変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができない~この世のあらゆるものはすべて移ろい行く、形あるものは必ず壊れ、あらゆるものは生じそして滅するという理が浮かびました。

これまでの自分の人生で、それまでの環境や生活が180度変わるということを少なからず体験してきましたが、それはいつも自分から望んで飛び込んで行ったものであり、望まない形で突然変化せざるを得なかった多くの人々のことを思うと、1年経っても私には言うべき言葉、かける言葉など見つからないのです。

ただ、ただ、これからも福島の東北の人々の声を聞き続けてゆきたい、これからもずっと忘れないでゆきたい、そう思うだけです。
まだ福島はじめ被災地では何も終わっていないのです。

この3.11の震災・原発事故が風化しないように、自然が人間にあたえたともいうべき試練と教訓、人類自らがコントロールできない原子力というものを続けるべきではないという脅威が忘れ去られないように、とオーロラの下で祈りました。


わが故郷よ。福島よ。
Täällä Pohjantähden alla~ここ北極星のもとに





2012.03.16 | 日本を想う/福島を想う

新年への願い

今年もあと数時間で終わろうとしています。
フィンランドへ移住してから11月で丸3年が経ちました。
これまで毎年今までにない沢山の事を体験して来たのですが、今年は3.11の震災という、恐らく一生忘れられない背負っていかなければならない出来事が起こり、これまでの自分の生き方、これから自分はここフィンランドで何をしていくのか、という事を改めて真剣に考えさせられた年となりました。
3.11を境に多くの方も、それまでの自分を見つめなおし、ものの見方考え方に変化のあった年だった事と思います。

原発事故からすでに9か月が過ぎましたが、今も故郷である福島のことを思わない日はありません。未だに悲しみや怒りが沸いて来てどうしようもない気持ちになる事も多々ありますが、その感情を抑え込まず原動力に変えて、出来ることをしながら少しでも前へ進んで行けたらと思っています。
そしてこのブログを読んで頂いている皆様にも継続して考えて頂きたいのです。
東京電力福島第一原発事故はまだ収束などしていません。どうかこの事件を風化させないでください。
福島県民の現状、声を聞き耳を傾け続けてほしいのです。

IWJ「百人百話」故郷にとどまる、故郷を離れる、それぞれの選択。

私もフィンランドから来年も声を上げ続けてゆきます。
一人の力は小さくても、小さな力が集まれば大きな流れにしてゆけると信じています。

よりよい福島、日本へと新しい年が変わって行けますように、皆の想いが新しい波となりますように願いをこめて。

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2011年大晦日

maco

2011.12.31 | 日本を想う/福島を想う

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