オーロラの下で

震災から1年の3月11日は旦那さんの実家のあるラップランドで迎えました。

冬のラップランドには今まで数えきれないくらい来ていますが、今回はじめてオーロラを見ました。
冷たい極北の夜空に、音もなく静かに浮かんでは消えるオーロラを見ながら、いろいろな思いを巡らしました。

この1年、故郷である福島、東北を襲った地震・津波による震災の影響、その後の原発事故による放射能汚染について考えない日は1日もありませんでした。
それでも私は日本から約7800kmも離れたフィンランドにいて、福島から避難した人、残った人を案ずることしかできなかった。

早くに故郷を離れ、東京、その果てにフィンランドにまで来てしまった自分の中では、故郷はいつも変わらずにずっとそこにあるものだと思っていました。
だけど、それは違いました。何気ない普通の日常と非現実な極限の状態は常に隣合わせにあり、いつ両者が入れかわってもおかしくないのだという事を3.11の震災、原発事故は私達に突きつけたのだと思います。


原発事故以来、子供達を連れて避難していた妹は、1年が経った今もこれからも福島へは戻るべきではないという判断をくだし、私達姉妹が生まれ育ち母が遺してくれた家も処分する決断に至りました。
ああ、これでもう本当に福島へは帰れないのだな…と思うと、悲しいというより言いようのない諸行無常の感覚~この世の現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動 変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができない~この世のあらゆるものはすべて移ろい行く、形あるものは必ず壊れ、あらゆるものは生じそして滅するという理が浮かびました。

これまでの自分の人生で、それまでの環境や生活が180度変わるということを少なからず体験してきましたが、それはいつも自分から望んで飛び込んで行ったものであり、望まない形で突然変化せざるを得なかった多くの人々のことを思うと、1年経っても私には言うべき言葉、かける言葉など見つからないのです。

ただ、ただ、これからも福島の東北の人々の声を聞き続けてゆきたい、これからもずっと忘れないでゆきたい、そう思うだけです。
まだ福島はじめ被災地では何も終わっていないのです。

この3.11の震災・原発事故が風化しないように、自然が人間にあたえたともいうべき試練と教訓、人類自らがコントロールできない原子力というものを続けるべきではないという脅威が忘れ去られないように、とオーロラの下で祈りました。


わが故郷よ。福島よ。
Täällä Pohjantähden alla~ここ北極星のもとに





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2012.03.16 | 日本を想う/福島を想う

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